沖縄の慰霊の日とは?沖縄県民が意味と由来を「月桃の花」の歌を交えご紹介します

沖縄戦争,歴史

沖縄の慰霊の日とは?沖縄県民が意味と由来を「月桃の花」の歌を交えご紹介します
画像引用:Wikipedia「平和の礎」より
「はいさい。ぐすーよー。ちゅーうがなびら。」(こんにちは、皆さんご機嫌いかがですか?)
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6月23日

沖縄にとって、この日は忘れることのできないとても大切で、そして悲しい日です。

太平洋戦争において、唯一住民を巻き込んだ壮絶な地上戦が繰り広げられた沖縄で、組織的な戦闘が終わった日として、犠牲になった人たちに祈りをささげ、平和を願う日となっています。

私も沖縄に生まれ、育った身として、この日を大事にすべきだと考えています。


慰霊の日の意味と由来

沖縄県慰霊の日を定める条例で制定された日であり、以下の通り定められています。

沖縄県慰霊の日を定める条例
昭和49年10月21日
条例第42号

沖縄県慰霊の日を定める条例をここに公布する。
沖縄県慰霊の日を定める条例

  • 第1条
    我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため、慰霊の日を定める。
  • 第2条
    慰霊の日は、6月23日とする。

附 則
この条例は、公布の日から施行する。

沖縄県:沖縄県慰霊の日を定める条例より

全国で沖縄だけはこの日は公休日(土日と重なった場合は振り替えはないです)となり、国の機関以外の役所や学校は原則お休みです。また、糸満市摩文仁の平和祈念公園にて「沖縄全戦没者追悼式」を開催されています。

そして、正午になるとあちこちで一斉に黙とうが行われます。それは甲子園予選を兼ねた高校野球の試合も同様で、球児たちが脱帽して目を閉じる光景は風物詩といえます。


慰霊の日はもともと「6月22日」だった?!

先述の通り、今では6月23日と定められている慰霊の日ですが、制定当初、実は6月22日だったことをご存知でしょうか?

慰霊の日が初めて制定された日は、まだ沖縄が日本に復帰する前、米統治下にあった1961年(昭和36年)にです。

沖縄県平和祈念財団の前身である「沖縄戦没者慰霊奉賛会」が、「戦没者慰霊の日」を制定するように琉球政府へ陳情しました。

その陳情では、『沖縄に配備された日本軍の牛島満司令官と長勇(ちょう・いさむ)参謀長が自決した日が6月23日』であるため、その6月23日を慰霊の日にするよう提案しています。

「軍司令部の機能が崩壊および全軍の組織ある防衛戦闘終止で玉砕の日に相当する」と考えたからですね。

この陳情を元に、琉球政府立法院で「住民の祝祭日に関する立法」が審議されることとなりますが、その中で司令官の自決した日が6月22日の午前4時前後ということが米軍資料から判明したのです。

それらの経緯もあり、慰霊の日は「6月22日」として制定されました。


慰霊の日が現在の「6月23日」とされたのはいつ?

当初6月22日として制定された慰霊の日が6月23日に変わったのはいつでしょうか。

それは、最初に制定してから4年後の1965年(昭和40年)です。

「住民の祝祭日に関する立法」の改正のため、慰霊の日の変更について再調査が行われました。その際、参考人として呼ばれた沖縄観光協会事務局長の山城善三さんが、以下のように発言されています。

「戦争史を研究しておりますが、それによるとちょっと一日のずれがあるのではないかというふうな感じをいたすのであります」

また、自決した日について、沖縄で編集されたほとんどの書籍は22日午前4時半とあるのに対し、大本営や東京で出版されたものは23日午前4時半とあると説明されています。

さらに、沖縄戦時の高級参謀であった八原博通(やはら・ひろみち)さんに直接聞き取りを行い、はっきり23日だと答えたとのことです。

山城さんのこれらの証言を元に、慰霊の日を「6月23日」と定めた条例が公布されました


日米交流を深めながらの清掃ボランティア活動

2019年6月15日、「沖縄全戦没者追悼式」が行われる平和祈念公園にて、自衛隊と米軍、そしてその家族らによって清掃のボランティア活動が行われました。

その中で米軍のランサム海兵隊一等軍曹は「米軍と自衛隊の関係を構築し、互いをよりよく理解し、彼らの清掃活動を手伝いに来ました」と述べられています。

また、自衛隊の粟島2等陸曹は「沖縄戦では日本人だけでなく、多くの人が亡くなりました。米軍がここに来て、清掃活動を手助けすることはとても重要です」と述べていました。

74年前は敵・味方として別れて戦っていた国同士によるボランティア活動には、胸を熱くされられました。


「月桃の花」のご紹介

皆さんに「月桃の花」という曲をご紹介します。

この曲は「GAMA 月桃の花」という沖縄戦終結50周年を記念して製作された映画の主題歌です。

沖縄戦のことを歌にした曲で、私も小学生の時に習いましたし、「GAMA 月桃の花」は平和学習の一環で学校の授業で見ました。

今では、私の子供も口ずさんでいます。

非常に心に残る歌となっています。ぜひお聞きいただきたいです。

「月桃の花」

月桃ゆれて 花咲けば
夏のたよりは 南風
緑は萌える うりずんの
ふるさとの夏

月桃白い 花のかんざし
村のはずれの 石垣に
手に取る人も 今はいない
ふるさとの夏

摩文仁の丘の 祈りの歌に
夏の真昼は 青い空
誓いの言葉 今も新たな
ふるさとの夏

海はまぶしい キャンの岬に
寄せくる波は 変わらねど
変わるはてない 浮世の情け
ふるさとの夏

六月二十三日待たず
月桃の花 散りました
長い長い 煙たなびく
ふるさとの夏

香れよ香れ 月桃の花
永久(とわ)に咲く身の 花心
変わらぬ命 変わらぬ心
ふるさとの夏

作詞・作曲 海勢頭 豊


最後に

いかがでしょうか。

私は、この慰霊の日を迎えるたびに「平和とは何か?」と考えさせられます。

確かに日本は日本国憲法9条の元、戦争をすることは一切なくなりました。

しかし、世界では未だに戦争は無くなっていません。テロとの戦いや、国際情勢では戦争の火種になりかねない余談を許さない状況は続いています。

世界中で真の平和がくるのは、まだまだ先のようですが、先人たちの犠牲を絶対に無駄にしてはいけないですし、そのためにも私が出来ることを考え、平和のために実践していくことが大事なのだと考えています。

沖縄戦で亡くなられたすべての方に、ご冥福をお祈りいたします。

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