あなたにお勧めしたい「アドラー心理学」について 課題の分離
ようこそヒケナンブログへ♪
前回「アドラー心理学」の概要についてお話しました。
その中で3つのポイントを揚げましたが、それが下記の通りです。
- 目的論
- 課題の分離
- 共同体
今回は「課題の分離」について解説いたします。
課題の分離とは
課題の分離とは「自分の課題と他人の課題を明確に分離し、他人の課題には干渉しない」ということです。
これだけではちょっと理解しづらいので、以下の2つの例を1つずつご覧ください。
例1)
なかなか勉強をしない子供に
親が「勉強しなさい!なんでこんなに言ってるのに勉強しないの?!」と叱る
この場合、勉強をするかしないかは「子供の課題」であって「親の課題」ではありません。
親がいくら言い聞かせたところで勉強するかしないかは結局子供の問題です。
例2)
イライラしている彼氏(旦那さんや妻でもいいです)に対して
「どうしたの?何かあったの?」「どこか出かけようか?」といって声を掛ける
この場合も同じく、イライラを抑える、解消するのは「彼氏の課題」であって「彼女の課題」ではありません。いくら彼女がご機嫌を伺ったりしても、結局は彼氏が自分でイライラを何とかするしかありません。
では、上記2例の場合、どうすることがベストなのでしょうか。
それは、「他人の課題には干渉しない」ということ。
例1)の場合は勉強を"強制する"のではなく、子供を信じて環境を整える、やる気を起こすように"動機付ける"ことが大事です。
『勉強しないと将来の選択肢が減って、楽しくないぞ?』や『勉強出来たらお金持ちになれる可能性が高くなるぞ?』という具合に、やらないと損だと思わせることもいいでしょう。また、苦労話や成功体験を話すのも良いでしょう。
例2)の場合は『イライラを何とかするのは彼氏の問題だから放っておこう』と放置するのもいいですし、『何か声を掛けてきたら話してみよう』と見守ることもいいでしょう。
イギリスに次のようなことわざがあります。
馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない。
これはまさに課題の分離の大切さを表しています。
馬が水を飲むかどうかは馬次第であって、人間がどうすることも出来ないのです。
※無理やり飲ませるのは違いますよ笑
承認欲求を捨て、対人関係の悩みを無くす
課題の分離という考え方ですが、こちらを応用すると「承認欲求」を捨てることまで可能です。
「承認欲求」というのは"誰かに認めてもらいたい"という欲求で、人間であれば少なからずある欲求の一つです。
- 親に褒められたいから勉強する(親に認められたい)
- SNSで自撮り写真をアップする(不特定多数の人に認められたい)
頑張る気持ち自体は悪いことではありません。
しかし、他人からどう思われているか、どう評価されているか、ばかりを気にしているとそれはもはや「自分のための人生ではなく、他人のための人生」を歩んでいるのと同意義と言えるのではないでしょうか。
アドラーもこの承認欲求を危険視していました。
そして、この承認欲求を捨てることが、幸せになるための第一歩であると言われています。
課題の分離の考え方を用いれば、相手が自分をどう評価する、また認めるかは「相手の課題」であり「自分の課題」ではないため、干渉せず気にする必要はないのです。つまり承認欲求は無くなる、ということです。
また、アドラーは「人間の悩みはすべて対人関係に収束される」と論しています。
お金がないことや、スポーツが出来ないといった、一見対人関係に関係が無さそうな事柄でも、こう考えれば、対人関係に収束されます。
- お金がない → ないことで他人からみすぼらしく見られる。他人に迷惑をかけてしまう。
- スポーツが出来ない → 他人からダサく見られる。運動が出来ないと思われる。
こちらも課題の分離の考え方を用いれば、先ほどの承認欲求と同じく、「相手がどう思おうがそれは相手の課題」であり「自分の課題」ではないため、干渉せず気にする必要はないのです。
最後に
いかがでしょうか。
この「課題の分離」は私の中で非常に良い考え方であり、現在実践中であります。
まだまだ至らぬところもありますが、少なくとも以前のもやもやしてた気持ちが晴れつつある感触はあります。
皆さんも、もし共感していただけたのなら、今すぐ実行してみましょう!
次回は、3つ目のポイントである「共同体」について解説いたします。
沖縄生まれ、沖縄育ちの純うちなーんちゅの30代男性会社員、二児の父です。
沖縄に関することや体験談、私や家族が気になったことなどをブログで発信しています。